彼の「存在自体」が、我が国にとって「不幸」です。
「歩く不幸」なのです。
管が動けば、どこかで国民は「不幸」になるのですが、彼はそれを認めようとする謙虚さを持っていません。
だから、被災地訪問で「被災者」に詰め寄られると「ゴメンなさい」と「逃げる」ほかないのです。
最近の管は、極端に「国民」の前に出ることを恐れているように思います。
「総理大臣」なのですから、「国民」への「説明責任」がある筈なのですが、
彼はそれを「放棄」して、益々「自分の殻」に閉じ籠っているようです。
こんな奴に何時まで「国政」を任せていれば良いのでしょうか?